ヒストリー・南三陸町の復興
History
ヒストリー
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平成初期
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オーナーパティシエの長嶋は、実家が老舗和菓子店だったこともあり、宮城県内にある調理系の専門学校を卒業。
その後、仙台と石巻のお菓子屋にて修行。
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平成17年
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結婚をきっかけに、南三陸町へ引越し。
そこから南三陸町で、お菓子を提供できる環境が欲しいと考え、義母の経営するペンションと移動販売で、商品提供を始める。
これが、オーイング菓子工房Ryoが誕生するきっかけとなる。
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平成20年
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日々、様々な商品を日替わりで提供していたが、お客様からの要望により「お山のマドレーヌ」が定番商品として登場。
ペンションで年1回の限定イベントとして、スイーツ食べ放題を始める。
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平成23年
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宮城県沖を震源とするマグニチュード9.0の地震が発生。
店舗(ペンション)の土台となっている崖が崩れ、応急危険度判定で危険という判定を受け、立ち入りができない状態になり、避難所での生活を余儀なくされる。
お菓子作りができない中、たくさんの方からオーイングのお菓子が食べたいという声をいただき、支援物資の中にあったホットケーキミックスや片道2時間以上かけて買ってきてくださった生クリームを使用して皆さんにケーキを振舞い、改めてお菓子作りをして皆に提供したいと考える。
土木工事のアルバイトをしながら情報を集め、お菓子作りの機材や機材を置くための倉庫の支援を受ける。
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平成24年
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応急危険度判定が解除されたことにより、厨房が使えるようになったためお菓子作りを本格的に再開。
始めは、復興市や町内祭りなどで出店するところからスタートし、6月には「南三陸deお買い物」を通じて全国販売を始める。
また、南三陸の活性化を図るため企画された「キラキラ丼」も海鮮系の商品を提供する店舗に交じって販売を開始。
震災時にお世話になった長野県諏訪郡下諏訪町に訪問をして、下諏訪町のお祭りにてマドレーヌとキラキラ丼の提供。
「お山のマドレーヌ」が販売累計3万個を達成する。
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平成25年
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「お山のマドレーヌ」が販売個数5万個を突破。
宮城県出身の芸能人によるメディア露出の影響もあり、全国からお問い合わせが来るようになる。
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平成27年
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さんさん商店街(仮設)に店舗を出店。
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平成29年
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さんさん商店街(本設)に移転。
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令和元年
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現在に至る。
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南三陸の復興
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